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プロがプロに聞く経営の話
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 「金融総合商社」を目指す商品先物市場の雄
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Guest   光陽グループ 川路耕一
Host オンキヨー会長 大朏直人


大朏会長

大朏直人(おおつき・なおと)氏

1941年東京生まれ、57歳。
65年3月、駒澤大学文学部卒。同年4月、ラジオ部品メーカーに入社後独立。電子機器製造の日本電通 を設立、社長に就任。85年、自動車部品メーカーの丸八工場(現在テクノエイト)の再建を契機に、4社の再建に成功。93年6月に東芝傘下のオンキヨーを個人で買収、1年半で黒字経営に転換した。現在、12社の企業集団を率いる。

 

川路代表

川路耕一(かわじ・こういち)氏

1945年11月9日鹿児島生まれ。鹿児島市立商業高等学校。68年に商品取引業界入りし、銀行・証券・保険など従来の枠にとらわれない新しい金融サービスの提供をおこなう「金融総合商社」の実現を目指して、80年に光陽グループを設立。
現在、商品取引会社の日光商品、三貴商事、ミリオン貿易、三晃商事、光陽トラストの5社、証券会社のKOBE証券、企画広報分野を担う光陽企画、不動産事業を展開する光陽不動産、生命保険・損害保険などのリスクコンサルティングをおこなう光陽キャピタル、情報提供・ソフト開発に携わる光陽総研ほか、計12社による光陽グループのC.E.O.(最高経営責任者)として、現在、活躍中。

 



一般的にその全貌が見えにくい商品先物取引。だが、先物感覚なしに、グローバル市場は戦えない。業界の地位 向上に向け、川路は金融フロンティアの大海原へ乗り出す。


先物感覚のない日本人は天井をつかまされた

大朏 川路さんのやっておられる商品先物取引の世界は、一般的にはあまり知らない方が多いですよね。
川路
そうですね。日本のみならず、伝統がある国ほど、株式の世界や相場の世界に対する誤解があります。例えば証券にしても、ある時期は「株屋」と呼ばれ、株屋には嫁に出すなと言われた。イギリスでも、サッチャーさんがビッグバンを打ち出すまではバカにされていました。ところが、この世界が花開いたのがアメリカです。建国されて二百数十年というあの国で、成功列伝などに登場する人物は、石油を掘り当てたり金鉱を掘り当てた人たちが多い。
大朏 日本では、一代で財をなすと、成金だ、山師だと言われたものですよね。
川路 最近でこそ、その価値観も変わりつつありますが、高度成長期の前までは、そういう先入観がありましたね。じゃあ、世界でいちばん黒字を上げている日本がこれだけ苦労しているのに、世界でいちばん借金の多いアメリカがなぜあれだけ景気がいいのか。これは、先物が見えているかどうかの差なんです。アメリカのルービン財務長官は、もともとゴールドマンサックスの会長。だから、彼には先物の世界がすべて見えている。対日戦略も、先物感覚を見事に利用して、円や外貨がすべてアメリカに集まるようにしているんです。日本はものを作らせれば、最初は物真似でも最終的にはどこにも負けないものを作る力がある。メンテナンスといったサービスも徹底している。でも、唯一苦手なのが先物感覚です。バブルの時だって、日本中みんな強気になって、ふだんは手を出さない慎重な人たちまで買った。例えば、三菱地所がロックフェラービルを買いましたよね。
大朏 あれは象徴的でした。
川路 あの時、当社の全国朝礼でこう言ったんです。「これで株は終わったよ。持っている人は、処分したほうがいい」と。さっそく証券会社に、グループ各社の所有する株と自分の所有する株を全部処分してくれと頼んだ。確か89年の秋です。そうしたら、証券会社の役員が飛んできて、「株が終わったなんて、そんなこと絶対にありません」とおっしゃる。当時は、経済学者もマスコミもこぞって、翌年の3月末には絶対に4万円を越えると言ってました。
大朏
大騒ぎだったよね。
川路 ところが、もう株は終わりだと感じた。三菱グループといえば、日本で一番堅い企業ですよ。その堅い企業が、アメリカを代表する大財閥ロックフェラーのビルを買ったということは、いよいよ天井をつかまされたな、と思ったんです。もしロックフェラーが資金不足で、三菱が頼まれて買ったのなら話は違う。でもそうじゃない。私たちは、長い間この世界でやってきたからわかるんですね。インテリで真面 目で慎重で、という人が腰を上げて買い出した時は、得てして天井なんですよ。
大朏 なるほど。あの時は日本中の人が、土地から株から、世界中を飛びまわって買いまくっていた。
川路 そして、すべて天井をつかまされた。そこを読めるのが、先物感覚なんですね。あの時、いまの日本と同じように苦境にあったアメリカ経済を救ったのは、日本ですよ。国債から何から、バブルで儲かった金で買いまくったわけですから。じゃあ、日本からの投資を引き上げさせないためにはどうしたらいいか。そこで、円高がくる。280円ぐらいからダーッと円が高くなって、100円を通 り越し79円までいった。79円から83円に戻った時点で、僕はドルを買いました。これも、やはり先物の発想なんです。実際、あの時はダダダッと戻りました。ところが、僕は相場師じゃないんですよ。99円で売りましたから(笑)。
大朏 気持ちはよくわかりますね。基本的には用心深くて臆病、というのが社長業の条件の一つですよね。


自己張り厳禁、それが信用につながる

川路 そういった先物感覚を、政治家も役所もマスコミも持って欲しい。だからといって、先物をやれというんじゃない。そういう感覚を持つことが、大切なんです。この感覚の違いが、ユダヤやアングロサクソンと日本との差だと思いますね。でも、先物の世界というのは、もともと日本で生まれているんですよ。 川路代表
 
大朏 そうなんですか。
川路 ええ。大阪の米相場からスタートしたんです。今や世界一の先物取引所であるシカゴだって、原点は日本から学んだ。日本人は偉いんですよ。ところが、戦前のみならず戦後50年を経ても、投機だけが表にでてなにか胡散(うさん)臭いというイメージで見られてきた。でも、このままでは世界と闘ってゆけない。大学教育などで、先物についてしっかり学ばせるべきですね。でないと、ユダヤやアングロサクソンにうまく操縦されて、せっかく稼いだものを全部とられてしまう。バブルの時に債券から何から買って、結局、すべてアメリカの懐に落ちたんですから。
大朏 先物に胡散臭さがあるのは事実ですね。いわゆる農耕民族からはじまった日本の場合は、ものをつくることが一番偉いんだという考えがある。でも、これからは先物は胡散臭いものじゃなく、大変責任の重いもので、学校教育にまで取り入れないと生きていけないんだ、と人々を感化して、市民権を得ることが重要なんでしょうね。 大朏会長
 
川路 おっしゃる通りです。私は19年前に会社をつくったんですが、その前から、近い将来いつか必ず、垣根が取り払われて金融全体が一つになる時代がくる、とずっと言い続けてきました。
大朏 かねてから聞いてみたいと思っていたんですが、会長のところは、会長ご自身が相場をはって利益をだしていらっしゃるのか、あくまでも商品取引の仲介によって利益をだしていらっしゃるのか、つまり利益の源泉はどこにあるのですか?
川路 あくまでも仲介ですね。会社が相場をはったら、会社自体もっていかれますよ。
大朏 ただし、やっても構わない?
川路 もちろん、まったく問題ありません。
大朏 でも、あくまでも仲介に徹していらっしゃる。
川路 ええ。徹しないとお客さんどころじゃなくなりますからね。自分たちの会社が儲かることのみ考える会社になってしまう。会社によっては社員に自己張りさせているところもありますが、うちでは、自己張りをやれば厳罰に処します。
大朏 それが、一般社会に対する信用ですよね。結局、会社が自己張りをやったら、お客さんを乗せるだけ乗せておいて、先に逃げることができるわけですから。たぶん、株屋さんと呼ばれたのも、その不信感があったからだと思うんですよ。その辺を払拭できれば、いっぺんに信用に変わると思いますね。
川路 この世界がなぜ悪くとられてきたかと言いますと、利益を出した人は表沙汰にしないんですね。ところが損をした人は、それを表に言うから、そういう部分だけ強調される。例えば先物全体で言っても、結局、記事になるのは、どこどこ銀行が香港で莫大な損失をしたってことだけなんです。ヘッジしたお金でこれだけキープできましたという話は、絶対でない。マスコミが記事にするのは、大失敗ばかりなんです。
大朏 社員に自己張りはやらせない、とは言っても、明らかに儲かるとわかれば、誘惑にかられますわね。その辺り、社員教育はどんな心がけでやってらっしゃるの?
川路 われわれは、長い間トンネルの中を歩んできたようなものです。あれは別 世界だ、あの世界はわからないと言われ続けてきた。でも私は、先物を理解できなかったらやれない時代が必ずくると信じてきました。一番底辺にいるわれわれが、証券、銀行、生保を逆に買収していくという時代がくるんだ、と。今から20年前にそんなことを言えば、「なんてホラ吹き」だと見られたでしょう。ところが、ようやくここ数年、証券だって銀行だって、能力があれば手にすることができる時代になりました。そういうことを、スタートの段階から社員に言うんです。おれたちがこの業界を変えるんだよ、株屋が証券業になったように、われわれが変えるんだよ、と。実は、金がはじめて先物市場に上場されたのは、ニューヨークなんですよ。その時、当時のシティーはバカにしていた。あんなものは、ペーパーゴールドで、世界の金の値段はシティーで決まるんだとね。ところが、一年もしないうちに逆転してしまった。そして、サッチャーさんが、ビッグバンを打ち出す寸前になって、伝統を重んじるイギリス人たちもようやく気付いたんです。昨年の春に久しぶりにロンドンに行ったら、取引所の活気がすごいんですよ。ニューヨークかシカゴか、というぐらい様変わりしている。その上、インド人やチャイニーズ、アジア系が、6割近い経済を握っているんです。たった10年で、これだけの変貌ですよ。あの伝統を重んじる貴族社会が、たった15年であそこまで変貌したことを考えると、日本もこれからどんどん変わるはずです。われわれは、300年に一度の大チャンスにめぐりあったんですよ。今までは手を上げたって相手にされなかったけれど、今ならできる。そのぐらい、世の中は変わってきている。私がスタート時から打ち出している「金融総合商社」にしたって、本当にお客様に喜んでもらえることを基軸にやれば実現できると思っています。


相場感として、いまは二度とないチャンス!

大朏 川路さんの言う「金融総合商社」は、どんなイメージなんですか?
川路 これからは銀行のみ、証券のみでは食べていけない。一つのテーブルの上で、銀行も証券も生保もすべてができないとダメでしょう。それが、目指すものですね。周囲からは、そんなに簡単にいくわけないと言われる。証券会社を買ったときも、何でいまさら証券を買うんだ、と言われた。でも、現実にその方向になっています。
大朏 金融ビッグバンで、ベンチャーがどんどん出てくるかもしれませんね。
川路 実際、明治時代のアメリカ・ベスト20社で生き残ったのはメリルリンチだけですからね。あとは、すべて他業種からの参入組にとって代わられた。ソロモンだって、われわれと同じ先物業者からの参入ですから。だから、日本だって同じですよ。大手がそのまま生き残れるかどうか。大手はリストラしようったって、なかなかできないわけですから。
大朏 それだけ熾烈な世界ということですね。ところで、川路さんはサラリーマンを何年ぐらいやられたの?
川路 34歳のときに独立しましたので、10年ぐらいですかね。
大朏 これだけ景気が悪くなると、逆に自分で会社を起こそうという人が増えてきますよね。そういう人たちに、何かエールはありませんか?
川路 バブル崩壊から9年目に入りましたが、今年は大底のなかの底だと思います。だから、何かを手がけるなら今しかない。今年、来年は玉 突き状態で、いろんなことが起きるでしょう。それに対する一つの勝負、賭けにでる絶好のチャンスだと思います。お陰様で、グループ全体で不動産を手がけている会社は、バブルの後遺症の間もずっと利益をあげています。ですから、どんな厳しい業界だって、やはりやり方でしょうし、それに対する考え方、つまり末端の社員まで本当にやる気になっているかどうかだと思うんです。その意味でも、何かを始めるなら、この2年間でやるべきでしょうね。
大朏 相場の神様が言うんだから、間違いないね。
川路 恐れ入ります。
大朏 ただ、バブルの時の功績もあるよね。お城みたいなクラブハウスをつくったゴルフ場は、やはり残っていく。だって、小さなピラミッドはとっくに風化したけれど、とんでもないピラミッドは残っているでしょ。金閣寺、銀閣寺しかりよね。あれは、バブルの結果 。でも残っている。歴史の流れで見れば、悪いことじゃない。バブルの天井の時から67%も下がったということから言えば、ここからの下げはもう大したことはないというのが事実でしょうね。
川路 昨年10月に、日経平均が12,000円台をつけましたよね。あれが、バブル後の大底だったと歴史に書かれる可能性はありますね。アメリカにしても、ヘッジファンドの問題からロシア、アジア、南米の経済危機を鑑みれば、日本抜きで資本主義を引っ張っていくのは無理だと感じていますよ。日本人だってバカじゃないでしょう、過去いろんなことを乗り切ってきたんですから。私の相場感として、いまは二度とないチャンスですよ。
大朏会長&川路代表

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雑誌「企業家倶楽部」1999/3月号より転載。
本欄は(株)企業家ネットワーク様のご好意により実現したことを記し、謝意を表させていただきます。

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