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プロがプロに聞く経営の話
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 教育のノウハウを磨き実業界で役立つ人材育成をめざす
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Guest   東海東京証券社長 奥村雅英
Host オンキヨー会長 大朏直人


オンキョー会長
Host−大朏直人 Naoto Ohtsuki

東海東京証券社長
Guest− 奥村雅英 Masao Okumura

「400人足らずだった東海証券の社長から、丸万証券、内外証券、東京証券と合併を繰り返し、旧山一・三洋証券の社員も受け入れ、3,500人規模の証券会社のトップとなった奥村雅英氏。「多国籍軍」を率いる同氏は人事を間違えないことがトップの一番大事な仕事だと力説した。 


■ 銀行は「相撲」証券会社は「サッカー」

大朏 奥村社長は東海銀行で役員を務め、その後、1990年の6月に東海証券に行かれました。証券市場が相当悪くなった頃ですね。
奥村 ええ、90年の初頭から悪くなり始めて、6月には相当悪かったです。銀行から行けと言われた当初、これだけ悪くなったから、これからはすぐに立ち直る、ちょうどいい時に行きますね、とみんなに言われたものですが、それから9年、悪い年ばかりでした。
大朏 バブル崩壊後は熱いものを飲まされて、二度と株なんてやらないという人たちもたくさんいた。そういうところへ、自ら飛び込むのでなく、指示されて行くときは、どんな心の機微があるのか。経験のない私には想像もできません。
奥村 それはサラリーマンですから、どういう事態になっても、それを受けるある種の訓練は受けていますし、覚悟はできていました。ただ、とまどいはありました。銀行と証券は一見近いように思われてますが、ものすごく違います。私は東海銀行に29年いたんですが、東海証券に行った当初は、瞬間的に頭の中が真っ白になりました。ギアを入れ替えて気持ちを立て直すまでに一ヵ月近くかかりました。
大朏 銀行と証券の一番大きな違いはなんですか。
奥村 ストックとフローの違いとか、直接金融と間接金融の違いとは別に私が感じたのは、証券は毎日毎日、扱っている商品の価格が絶えず変動していることです。そんな商売はあまりないし、まして銀行はまったく違います。たとえば営業マンでも銀行の場合、新聞を読むときも基本的には自分の取引先、担当先の記事が出ていなければあまり関係ないんです。ところが証券マンの場合は、何が起きても上場しているすべての会社(商品)が影響を受ける。世界のどこかで起きた天災や政変も影響しますよね。本当に関係のない事象がないわけです。
大朏 毎日の変化を厳しく見られるようになったのでしょうね。
奥村 銀行は「相撲部」で、証券会社は「サッカー部」みたいな部分があると思います。土俵から出てはいけないという制約の中で、がっぷりと四つに組んで力相撲をするのが銀行です。ところが証券は、どんなにいいシュートを打っても、ゴールキーパーの真正面では入らない。大事なのはタイミングです。ゴールは同じだけれども、いつ打つか、いつ蹴るか。これは社員についての話ですが、要求される運動神経が違う。シュートが入らなければ自分に責任がある。しかし、そこにはマーケットの状況というどうしようもない部分があるわけです。証券マンの辛さとか喜び、悲しみがわかったのは4、5年たってからです。
大朏 銀行が相撲で証券がサッカーだというのは面白い比喩ですね。
奥村 私が証券に携わってからずっと言い続けてきたスローガンは「親切と安心」です。最初はリスク商品を扱う証券会社で「安心」というのはちょっとおかしいですよ、とみんなが言いました。しかし、どこよりも「親切」でどこよりも「安心」して付き合える証券会社をつくりたい。友人や家族にも安心して推薦できる証券会社を日本につくりたい。リスク商品を扱っているからこそ、安心して付き合えることが必要だと思うのです。


■ 山一破綻直後に社員受け入れの決断

大朏 奥村社長は94年に東海証券の社長になられ、96年に丸万証券と合併してできた東海丸万証券の社長になられた。その一年半後の97年11月に山一証券が破綻しました。鮮烈に覚えているんですが、山一証券がつぶれた直後に、東海丸万証券が山一社員の受け入れを発表されましたね。他の証券会社がリストラしているとき、奥村社長は山一の社員を「受け入れられるだけ受け入れます」と発表された。あのときは、どんな考えだったのですか。
奥村 東海証券はぜい肉落としを終わらせてから、96年の4月に丸万証券と合併しました。そして一年半後、ちょうどすっきりした体で軌道に乗ったとき、山一証券、三洋証券の破綻が起きた。この大激震の中で何をすべきかと考えたとき、この商売は人材だという結論に達した。山一、三洋証券には通常の営業だけでなく、法人関係、公開引き受け、トレーディングも含めて、人材がたくさんいる。これが欲しいと思いました。そこで私は倒産してすぐに自ら山一さんと三洋さんを回りました。250人でも300人でもいいですよと申し上げて、結果的には山一と三洋さんから500人ぐらい採用しました。
大朏 当時、1,000人の東海丸万証券が500人を受け入れるのは、とんでもなく危険な賭でもあったわけですよね。
奥村 運がよいことに、東海丸万証券は非常に財務体質が健全な会社で、同業他社がほとんど赤字だった中で黒字を計上していた。仮に採用した500人がまったく稼動しなかったとしても七、八年は絶対つぶれないという見込みがあった。まあ、私は辞めさせられるかもしれないけれど、会社はそれだけのものを持っているし、それまで7年間悪かったから、あと6、7年たてば立ち直るのではないかとも思いました(笑)。幸い私の予想よりも早く良くなってきました。



■ 人事問題で眠れぬ日々を過ごす

大朏 奥村社長の判断の早さには、まったく敬服します。合併を繰り返してきた奥村社長としては、人事の問題は避けて通れない最大の課題だったと思います。これは私の想像ですが、古くからおられた先輩経営者たちに、ご卒業願いたいという場面で、一番悩まれたと思うのです。奥村社長はその辺を極めてきれいにやってこられましたね。
奥村 そこが精神的には一番辛かった。どうしてもやらねば全社的な納得が得られないなと思い始めて、眠れない日が続きました。お願いをしようと考え出してから半年かかり、行動に移そうとして3ヶ月ぐらいは毎晩眠れなかったですね。初めて先輩の部屋のドアを叩いたときは本当に足がすくみました。それでもどうしてもやらねばと、もういっぺんドアを叩いて。もちろん一回で済む話ではないので、それからまた何ヶ月もかかりました。話をすればわかってもらえるはずだという信念でやってきました。
大朏 いろいろな業界でリストラ、合併が渦を巻いています。社長としては当たり前の仕事ですが、一番難しいのが人事問題ですね。先輩たちの処遇を部下たちが見て、あんな扱いなのかと思われるのはやる気を削ぐことになりかねない。私の場合で言いますと、会社が30人、50人の頃から土曜、日曜、正月もなく一緒に働いてきた人たちがいる。ところがこの人たちが、3,000人、5,000人の会社になったときに役に立つとは限らない。変な役にすればかえってつぶしてしまう。といって、格好だけをつけていても、なぜあんなのがいつまでも、と他の人たちに思われ、士気に影響する。会社が伸びている間中、ずっと悩むのだろうと思います。奥村社長は創業者でもないのに、社長になられてから合併を重ねて大変な会社になさった。任期が来れば辞める人なら、事を荒立てることもないし、次の社長にやってもらえばいい。しかし奥村社長は今やらねばという状態がずっと続いているわけで、銀行時代に経験のないことでしょうし、非常に悩ましい状態が続いているのではありませんか。
奥村 ええ。人事は最大の、永遠の問題です。社長の一番大事な仕事だと思います。人事給与制度というインフラを間違えないようにつくる。それをきちんとやって、社員が正しく処遇され、将来にも望みがあるという気持ちを持てれば必ず頑張るだろうし、そうすれば企業間の競争でも勝ち上がれると思います。トップとして一番大事なことは人事を間違えないこと。それにはインフラとしてのフレームをきちんと作ることで、東海丸万証券も一年半ぐらいかけて、30人ぐらいの若手社員やコンサルタントも入ったプロジェクトチームでつくりました。今回の東京証券との合併に際しても、ずっと言い続けてきたことが、公正な人事を約束すること。それから自由にものを言った人が損をしない社内ルールをつくることの二点でした。トップの責任の大半は人事だと思います。
大朏 当初の東海証券さんだけの社員数と今日ではどれだけ違いますか。
奥村 東海証券は400人ぐらいでした。東海丸万証券で1,700人強。今は3,500人ぐらいです。
大朏 では毎日人事ですね(笑)。
奥村 東海丸万証券の1,700人のうち、現在の出身別の社員数は丸万証券出身の社員が約640人、東海証券出身が400人、内外証券出身が300人弱。山一証券、三洋証券を中心とする証券会社から来た人たちが500人弱。それから新卒。ものすごい多国籍軍です。


■ 親切で安心な証券会社をめざす

大朏 今後、東海東京証券をどのような会社したいとお考えですか。
奥村 今回の合併で強く打ち出したメッセージは、証券業を「生活産業にしよう」ということです。銀行に口座を持っていない人はいないと思いますが、証券会社と取り引きのある方はまだ非常に少ない。しかし本来、どの人にとっても個人の資産形成は必要なはずだし、個人の資産形成として最良の方法は広い意味の証券投資だと思うのです。一番商品を多様に揃えていて、一番資産形成にお役に立てるのは証券業界であるはずなのに、いろいろな理由があって、証券業界の方に責任があると私は思っていますが、生活産業にはなっていませんよね。ですから、そういう証券会社にしたい。そのためにはよい商品、リサーチ力、よいシステムなど、いろいろなものが要求される。通常の株式売買委託手数料は今、どんどん減ってきているので、フィナンシャルプランナーが実際に何をするかは難しいテーマですが、絶対にやらなければならない。進んでいるように言われるアメリカだってビッグバン前の1975年以前は、証券会社は日本と同じようにまったく信頼されていなかった。日本だってこれからです。
大朏 御社には株価ボードがない窓口、アゼリアサロンがありますが、あれも奥村社長の求める会社の姿の一つですか。
奥村 そうです。アゼリアサロンは昨日今日の株価ではなく、落ち着いた雰囲気の中で中長期的な資産運用の相談にじっくり乗るための店舗で、私が求めている個人営業の理想です。
大朏 株のネット取引もどんどん伸びていて、私もさっそくやってみたんです。御社のホームページを見たら、持ち上げるわけではないですが、いい装備をされていますよ。私も素人ではないのでいろいろ見ていますが、非常にわかりやすく、やりやすい。さっそくクリックしまして、入金もさせてもらって、一週間ぐらい前から面白くやらせていただいています。
奥村 それは光栄です。ネット取引は、難しいけれども非常に重要な問題で、証券業界の課題の一つだと思います。私どもはかなり早い段階で立ち上げたのですが、今のシステムが稼動し始めてからはまだ数ヵ月です。ネットの証券取引は、証券会社がご提案するサービスとしては非常に重要な機能の一つであると思っています。ただ、それがほとんどの個人の証券投資の媒体になるとは思っていません。限度があると思っています。
大朏 デパートへ行って、これどうですか、あれどうですかと店員に言われる煩わしさは嫌ですよね。ネット取引は、自分で好きなように売り買いできる。これは絶対に大きくなると、自分でやってみて思いました。ところで銀行マンから証券マンになって、どのような景色の違いが見えましたか。
奥村 評価される能力というのは、業界によって違うものだと実感しました。私は意欲がある人だったら必ずやってもらう場所があると思っています。人間の能力はそんなに小さくない。仮に能力に差があるとしても、それは種類が違うということで、意欲のない人はどうしようもありませんが、意欲さえあればやってもらうところが必ずある。銀行という一つの業種にだけいたら、それがなかなかわからなかったでしょうね。プロ野球でも、ベンチで声を上げる者も必要だと言うじゃないですか。それは絶対にある気がします。だから給与体系を精緻につくりさえすれば、意欲のある人に辞めてもらう必要はまったくない気がします。
大朏 奥村社長は銀行時代から大変人気のある方だと聞いておりますし、部下の人たちもいい社長に恵まれたと思っているでしょうね。今後、仕事を離れて個人的にやってみたいことはありますか。
奥村 まだ考えていません。ただ何年先になるかわかりませんが、かなり早い段階で辞めても私は絶対に退屈はしないと思いますね。
大朏 すごいですね。
奥村 私の取り柄は、何をやらされてもそこで楽しみを見つけること。趣味の世界の追求でも、社会のためでもなく、自分自身の喜びのためにやるボランティアもいっぱいあると思います。
大朏 私の質問に具体的にお答えにならないのは、今は将来のことは考えず、やることをやればいい。退屈することはないという自信だけ持っていればいいということですね。
奥村 それだけです。
大朏 私も何も考えていないものですから、それを聞いて安心しました(笑)。

大朏直人(おおつき・なおと)氏

1941年東京生まれ。
65年駒澤大学文学部卒。
同年4月、ラジオ部品メーカーに入社後独立。電子機器製造の日本電通を設立、社長に就任。
85年、自動車部品メーカーの丸八工場(現テクノエイト)の再建を契機に、4社の再建に成功。
93年6月に東芝傘下のオンキヨーを個人で買収、1年半で黒字経営に転換した。

現在、12社の企業集団を率いる。
奥村雅英(おくむら・まさお)氏

1936年岐阜県出身。
61年慶應義塾大学商学部卒業後、東海銀行入行。
81年渋谷支店長。
88年取締役。
90年6月東海証券専務取締役。
94年6月同取締役社長。
96年4月東海丸万証券取締役社長。
98年旧山一証券、三洋証券の社員を数百人受け入れる。
99年内外証券を吸収合併。
2000年10月東海東京証券取締役社長。

趣味は絵画、ゴルフ。

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雑誌「企業家倶楽部」2000/10月号より転載。
本欄は(株)企業家ネットワーク様のご好意により実現したことを記し、謝意を表させていただきます。

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